金澤典子『ドン・ジョヴァンニ』レポート

002年9月12日(木曜日)晴れ、最高気温18度

この夏1ヶ月間(2002年7月29日から8月31日)、イタリアのオルヴィエートという町で開催された、オペラ・ワークショップに参加してきました。今回のオペラは「ドン・ジョヴァンニ」と「リゴレット」で、私は「ドン・ジョヴァンニ」のコースにツェルリーナ役として参加しました。それぞれのオペラにつき3日間の公演があり、ワークショップの参加者から選ばれた人がそれらの公演で歌う事が出来るというものでした。

このワークショップでは、オペラごとにそれぞれ音楽稽古と声楽レッスン、指揮者とのレッスン、立ち稽古、オケ合わせ、オケ付きの立ち稽古、ゲネプロの授業がありました。それらの授業は主催の先生が分けたグループ毎に行われました。最初の5日ほどは全員同じグループで音楽稽古をし、その後3つのグループに分けられてグループ毎のレッスン予定が組まれました。しかし、そのグループ分けも2週目には変更されました。というのも今回は「ドン・ジョヴァンニ」のタイトルロールにミラノ・スカラ座でも歌っているアンドレア・コンチェッティというバリトン歌手が来るというので、2週目にオーディションが有り、そのオーディションによってまた新たに3つのグループに分け直したからです。

私は運良くオーディションによって選ばれたので(1日目もしくは3日目の出演者として各役2人づつ)、1日目か3日目かはわからないけれども、とにかく公演には出演できる事になりました。このときあらたにグループを3つに分け直し、1つ目のグループにオーディションで選抜された参加者(私はこのグループ)、2つ目と3つ目にはそれ以外の参加者が振り分けられました(最終的にこれら2グループから2日目の出演者が選ばれた)。それまでのグループ分けだと私がいたグループにはツェルリーナが4人いたので、音楽稽古や立ち稽古で全員がレッスンして頂けるとは限らず、かなりストレスが溜まっていたのですが、新しいグループ分けではツェルリーナは2人だけだったので、立ち稽古以外はちゃんとレッスンして頂けるようになりました。

「ドン・ジョヴァンニ」参加者の内訳は、ドン・ジョヴァンニ1人、ドン・オッターヴィオ3人、ドンナ・アンナ5人、ドンナ・エルヴィラ4人、ツェルリーナ10人、マゼット2人、レポレロ4人、騎士長2人でした。この中で歌えるのは各役3人づつですから(ドン・ジョヴァンニは1日目だけアンドレアが歌うことが決定していた)、出られない可能性があるのは女性陣とレポレロです。そのためワークショップの期間中、出演できるかどうかの緊張で参加者はいつもかなりピリピリしていました。

ワークショップの日々の予定は前日の夜に掲示板に貼りだされ、日曜祝日も休み無しでレッスンが入っていました。これは予想外で、おかげでオルヴィエートの観光をほとんどしないまま帰ってくることになりました。予定は、午前10時から午後1時までと午後4時から午後7時まで、午後8時半から午後11時半までというのが基本型で、その朝昼夜のレッスンが大体一日2回入っていました。日によってはそれが3回になったり1回になったり、時間が長くなったり短くなったりと様々でしたが、だいたいはこの型にそっていました。

前半は音楽稽古が主で、2週目から立ち稽古が入ってきましたが、その時にはだいたい暗譜です。参加者にイタリア人が多かったので、最初の頃はちゃんと暗譜していなくても言葉が入っているから動きを付けられるという状態でした。8月10日くらいからオケ合わせ(音楽のみ)がマンチネッリ劇場で行われ始めましたが、その時もまるでオーディションの様でした。特に2つ目と3つ目のグループに取ってはそうだったようです。その時の歌い方や劇場での声の響きや通り具合などを主催の先生や指導の先生方が聴いて、本番に出す人を選んでいるという様子でした。

1日目の組み合わせが正式に決まったのは本番2日前で、ちゃんとした発表も無く、前日に劇場前に貼りだされたポスターで知ったという状況でした。私は最初のアッシエーメで歌わなかった(歌うように言われなかった)時点でまず3日目だとわかりましたが、この何もかもギリギリまで決めないシステム?は精神衛生上良くないと思いました(いつ歌うかわからないという緊張が…。歌わないとわかっていれば身体も休められますが)。

1日目の公演(8月23日)の4日前(19日)に初めてのオケ付き立ち稽古(アッシエーメと言っていた)が入り、この時は1日目に歌うと思われる人たちの組み合わせで1幕の通しが行われました。しかし、これがかなり酷かったので(歌は落ちる、動きはちゃんと入らない等々)、翌日に予定されていた3日目の為のアッシエーメが急遽再び1日目の組で行われ(一部歌手を変更して、また1幕の通し)、私たち3日目の組はまともにアッシエーメをやったのはその翌日、1日目の組で2幕通しをやった後に1幕途中までを通しただけになりました。

公演1日目が終わった1週間後(8月30日)に3日目の公演があり、その前日(29日)に2日目の公演がありました。1日目が終わった後、演出の先生たちは一度帰ってしまい、その間は演出コースを受けている参加者で立ち稽古を指導するということになっていました。しかし、何故か3日目の立ち稽古はほとんど無く(というか稽古自体が何故か3日間組まれず)、2日目の組ばかり稽古が入っていました。そのため、私は指揮者との音楽稽古を入れたりしました。本当は立ち稽古をしたかったのですが、それは予定が組まれないと出来なかったので…。ただ、私はほとんど立ち稽古をして頂けなかったので、前日に自分のところだけ立ち付きで音楽稽古をしてもらいましたけど。

2日目の組の出演者は1日目が終わった翌日(8月24日)に掲示板に貼りだされました。どの日にも出演出来ないとわかった参加者はその日から授業も無くなってしまったのでコース途中で帰った人がいました。帰った人の中には1日目の公演で合唱を歌っていた人もいました。そのため2日目以降の足りなくなった合唱やちょっとした役は、主催の先生の声楽コースを取っている生徒や先生の生徒たちによって補われました。

公演3日目の前々日(28日)にアッシエーメをやりました。この時、1幕からでしたがほとんどのアリアや重唱を飛ばしました。私を含め、3日目の組はちゃんとしたアッシエーメをやっていないのでかなり不安でしたが、翌日のゲネプロでちゃんとやるだろうと思っていました。しかし、ゲネプロでもオケを疲れさせないためか(この日に2日目の本番が入っていた)、アリアや重唱を最初だけやって飛ばしてしまっていました。さすがに私の2番目のアリアは一度もオケと合わせていなかったので、頼んでやってもらいましたが。他にも一度もオケ合わせしていないアリアなどがあったはずですが、ちゃんとはやりませんでした。

ゲネプロがかなりいい加減だったので、不安なまま当日を迎えました。ハッキリ言って、当日ぶっつけ本番と言っても過言じゃありません。まともに全幕通してゲネプロをしていないんですから。ですが、本番は何があってもおかしくないので、最初の出だしだけちゃんと出られればいいわという気持ちで歌いました。案の定、アリア途中の出のタイミングが指揮者と合わなかったり(ゲネプロでやらなかったから…)、ちょこちょこと気になるところはありましたが、最後にはブラボーも頂けたので、良かったです。

そうそう、3日目のドン・ジョヴァンニは公演1日目と同じくアンドレアが歌ってくれました。彼はドン・ジョヴァンニを歌うのが今回初めてだそうですが(レポレロはスカラ座で歌っている)、かなり素敵なドン・ジョヴァンニでした。女がよろめくのも仕方ないなーと思わせる魅力を放っていましたね。共演出来て楽しかったです。

このワークショップに参加して良かったのは、イタリア人にイタリア語の語感を習えたこと(とくにレチタティーヴォ)、イタリア人の声や歌を聴いたこと、「ドン・ジョヴァンニ」の全曲を暗譜したこと(今すぐでも舞台に立てます!いや、ホントに)、舞台で歌ったこと、参加者と知り合えたことなどですね。かなりストレスが溜まるコースなので、もう一度参加する気にはなりませんが(女声は競争が激しいので…。男声ならいいんですけどね)、とても勉強にはなりました。

ところで、この「ドン・ジョヴァンニ」のワークショップに参加している人のうち、半分は主催の先生の生徒でした。公演の出演者も当然ながらほとんどがその生徒達でした。女声ではドンナ・エルヴィラ1人とツェルリーナの私以外は全員先生の生徒でした。今回は特別にオーディションがあって、それで受かったので歌えましたが、そうでなければもしかすると歌えなかったかもしれません(例年はオーディションがないらしい)。

それからビックリしたのが、参加者の男性の8割以上がホモセクシャルだったこと。あんなに多くのホモセクシャルの人たちと一度に接したのは初めてでしたが、みんないい人達でした。綺麗な人が多かったし。芸術関係には多いんですね、やっぱり。カトリックの強い国なのに、いいのかしらと思ったりして。

このオペラ・ワークショップに参加して、イタリア語が出来ないことを痛感しました。やはり自己主張が出来るくらいきちんと話せないと、こういう場では損だと思いました。言いたいことが言えなくて悔しい思いをしたのは一度や二度ではなかったし。ヨーロッパでは言葉が使えるというのは大事な要素ですね。ああ、1年くらいイタリア留学したいなぁ。

『ドン・ジョヴァンニ』舞台写真
『ドン・ジョヴァンニ』舞台写真
 

マンチネッリ劇場
マンチネッリ劇場